にぎわいも、静けさも。〜九州、七つの風景を巡る旅〜②

【3】長崎:異国情緒と歴史が交差する港町

佐賀を後にし、次に向かうは長崎。

九州の西端に位置し、港町として発展してきた長崎は、過去の栄華と異国文化が色濃く息づいている場所です。

長崎の風景は、海に面した街並みと緑豊かな山々に囲まれ、まるで時代を超えてここに集まったさまざまな文化が交わり合っているかのような、独特の雰囲気を持っています。

長崎の街を歩くと、ヨーロッパ風の建物や異国情緒あふれる街角、さらには日本らしい寺社仏閣などが混在しており、その光景はまさに「東洋と西洋の架け橋」。

ここには、400年以上前の「鎖国時代」における貿易と交流の歴史が深く刻まれているのです。

長崎に来たからには、やはり「平和公園」へも足を運ばずにはいられません。

1945年8月9日、長崎に投下された原子爆弾が引き起こした悲劇を忘れないための場所であり、その周辺には多くの平和を祈るモニュメントや資料館があります。

まず訪れたのは、長崎原爆資料館。

ここでは、原爆の悲惨な影響と、それに立ち向かう人々の勇気や希望が伝えられています。

資料館に並べられた被爆者の遺品や写真、実際に使用された原爆の模型などを目の当たりにすると、その凄惨な出来事の記憶が脳裏に強く刻まれ、胸が締めつけられる思いがしました。

しかし、この場所は単なる悲しみの象徴ではなく、未来に向けて平和を築くための強いメッセージが込められていることを感じました。

平和公園内にある「原爆供養塔」では、多くの人々が手を合わせ、静かな祈りを捧げていました。

ここで一呼吸おいて、再び平和の大切さを噛み締めることができました。

長崎の魅力の一つは、その異国情緒溢れる街並みです。

特に「グラバー園」は、長崎港を見渡す丘の上に広がる美しい洋館群で、幕末から明治時代の貿易商人たちの暮らしが感じられる場所です。

特に、グラバー邸はその立派な洋風建築が印象的で、当時の商人たちがどのような豪華な生活を送っていたのかを垣間見ることができます。

園内には、グラバー邸以外にも、いくつかの歴史的な洋館が点在しており、それぞれの建物が長崎の国際的な歴史を物語っています。

建物の中に入ると、時代を超えた気品とともに、異国の風が感じられるような気がしました。

長崎でしか感じられない、独特の異国情緒に浸りながら、ゆっくりと館内を見学していました。

また、グラバー園からは長崎港が一望でき、港に出入りする船や、海の上を漂う風景が実に美しい。

夕日が海を染める瞬間には、時間が止まったかのように感じるほど、静かで美しい光景が広がります。

長崎の旅には、欠かせないグルメがあります。

それはもちろん、「長崎ちゃんぽん」。

さっぱりとしたスープと、たっぷりの野菜、海鮮や豚肉が入った麺料理で、長崎のソウルフードと言えるでしょう。

長崎市内の老舗のちゃんぽん屋さんでいただいた一杯は、まさに絶品で、スープの味わいが深く、食べ終わった後にもその余韻が残るほどでした。

さらに、長崎名物の「カステラ」も外せません。

柔らかく、ふわっとした甘さが口の中に広がり、まるで優しい時間を味わっているような気分にさせてくれました。

カステラの歴史はポルトガルから伝わったものだとされていますが、その味わいは今でも多くの人々に愛されています。

また、長崎には「卓袱料理」などの伝統的な料理もありますが、特に驚いたのは、その新鮮な海の幸を使った料理の数々です。

港町である長崎ならではの海鮮は、どれも新鮮で、刺身や寿司、煮物に至るまで、海の恵みを存分に味わうことができました。

長崎の旅で忘れられないのは、地元の人々の温かさです。

特に印象的だったのは、長崎港で見かけた地元の漁師さんとの出会い。

彼は釣ったばかりの新鮮な魚を売っているところで、気さくに話しかけてくれました。

漁師さんは「この魚は朝早くに獲ったばかりだよ。新鮮だから、ぜひ試してみて」と言いながら、笑顔で魚を手渡してくれました。

その笑顔に心温まると同時に、長崎の人々がこの地に根付いて暮らし、その土地で育まれる食材や文化を大切にしている様子が伝わってきました。

その後、地元の食材を使った料理をいただき、食の力が人々を繋げていることを強く感じました。


【4】熊本:大自然と歴史が織りなす、心のふるさと

長崎を後にして、次に向かうは熊本。

九州の中央に位置し、雄大な自然と歴史的な遺産が融合するこの地には、訪れるたびに新しい発見があります。

熊本はその美しい山々や川の景観に加え、何よりも象徴的な存在である「熊本城」があり、その存在感は圧倒的です。

この土地には、豊かな自然とともに、厳しい歴史を生き抜いてきた人々の力強さを感じます。

戦国時代の勇将、加藤清正公の築いた名城、そして「おもてなし」の心を大切にする県民性。

どこを歩いても、熊本の土地が持つ温もりが感じられるのです。

熊本を代表する名所と言えば、何と言っても「熊本城」です。

日本三大名城の一つに数えられるその姿は、他の城とは一線を画す美しさを持っています。

城内には、戦国時代から続く歴史的な建造物が多数残り、築城時に用いられた技術や美学が今なお息づいています。

熊本城の最も印象的な特徴は、その堅牢さ。

城壁は巨石を積み上げた独特の「石垣」で知られ、特に「武者返し」と呼ばれる曲線状に削られた石垣は、敵の攻撃を防ぐための巧妙な設計が施されています。

その設計の精巧さを目の当たりにすると、戦国時代の人々の知恵と技術に感嘆せずにはいられません。

私が訪れた時、熊本城は震災による修復作業が続いていましたが、それでもその壮大さは色褪せることなく、天守閣から眺める景色は圧巻でした。

城の周囲に広がる公園内では、桜の季節になると美しい花が咲き誇り、まるで時が止まったような美しい光景が広がります。

熊本の魅力は、もちろん歴史だけではありません。大自然もまた、この地を訪れる理由の一つです。

特に「阿蘇山」は、その規模と美しさで多くの人々を魅了し続けています。

阿蘇山は活火山であり、広大なカルデラが特徴的で、その大きさは驚くべきものです。

阿蘇の大草原を走る風を感じながら、草原を歩いたり、乗馬を楽しんだりすることができるのも、この地ならではの魅力です。

広がる大地と青空、そして雄大な山々が織りなす景色は、まさに「自然の力」を感じさせてくれます。

特に「阿蘇五岳」の美しい景観は圧巻で、その姿を見ていると、自然の中に身を委ねる贅沢な時間を感じることができます。

また、阿蘇には温泉地も多く、心身ともにリラックスできる場所が点在しています。

温泉につかりながら、四季折々の景色を楽しむことができるのも、この地の大きな魅力です。

熊本と言えば、やはり「馬刺し」や「辛子蓮根」といった郷土料理が欠かせません。まず「馬刺し」。

新鮮な馬肉を薄切りにしたものは、その鮮度の良さに驚きました。

口に入れると、肉質がとても柔らかく、ほのかな甘みが広がります。

醤油やニンニクを添えていただくと、その美味しさが一層引き立ちます。

また、「辛子蓮根」は、熊本独特の料理で、辛子を詰めた蓮根を揚げたもの。

ピリっとした辛さと、蓮根のシャキシャキした食感が絶妙にマッチしており、やみつきになる味わいです。

これらの料理を地元の居酒屋で楽しむと、熊本の土地の温もりが心に沁みます。

さらに、熊本には「だご汁」や「いきなり団子」など、素朴ながらも心に残る美味しい料理がたくさんあります。

どれも地元の素材を生かした料理で、シンプルながらもその味わい深さに感動しました。

熊本の魅力は、その風景や食べ物だけではありません。

何よりも、熊本の人々の温かさが心に残ります。

例えば、阿蘇の町で訪れた小さなカフェで出会った店主の女性は、地元の農産物を使ったお菓子を提供していて、私に「どれも地元の素材を大切にしているんですよ」と語りかけてくれました。

その言葉には、地元への愛情と誇りが込められていて、思わずこちらまで心が温かくなりました。

また、熊本城の近くで立ち寄ったお土産屋さんでは、地元の人々が「どうぞゆっくり見ていってくださいね」と声をかけてくれることが多く、まるで故郷に帰ってきたかのような、心安らぐひとときが続きました。

その一つひとつの出会いが、熊本を訪れるたびに大切な思い出として心に残ります。


【5】大分:湯けむりに包まれて、心ほどけるやすらぎの地

熊本の豊かな大地を後にし、列車で東へ。

車窓から広がる山あいの風景を眺めているうちに、次第に空気がしっとりと柔らかくなっていくのを感じます。

大分県――この地名を聞くだけで、多くの人の脳裏に浮かぶのは、やはり「温泉」ではないでしょうか。

別府、由布院、長湯、筋湯……県内には数え切れないほどの名湯が点在し、それぞれが個性豊かで、訪れる人の心と体をやさしく包んでくれます。

今回の旅では、湯けむりに誘われるままに、いくつかの温泉地を巡ることにしました。

まず足を運んだのは、言わずと知れた“湯の都”別府。

街に降り立った瞬間、もくもくと立ち昇る湯けむりに迎えられます。

どこを歩いても、道路脇や民家の間から湯気が立ちのぼっており、まるで地面そのものが呼吸しているような不思議な感覚に包まれます。

別府には「地獄めぐり」と呼ばれる観光名所があり、赤く煮えたぎる「血の池地獄」や、コバルトブルーに輝く「海地獄」など、自然の力が作り出した驚異の風景に息を呑みました。

地獄とは名ばかりで、その神秘的な美しさに、むしろ“極楽”という言葉がふさわしいのではと感じるほど。

また、地元の人たちが日常的に利用している共同浴場にも立ち寄ってみました。

古びた木造の湯屋には、観光地の賑わいとはまた異なる、静かな時間が流れています。

常連のおじいさんと肩を並べて湯に浸かるそのひとときは、どこか懐かしく、あたたかい。

「別府の湯は、心までほどけるよ」と、地元の人が言っていた言葉が、湯船の中でじんわりと染み込んできました。

別府から山を越えて、次に訪れたのは湯布院(由布院)。

こちらは別府とはまた趣の異なる温泉地で、どこか洗練された、静謐な雰囲気が漂っています。

由布岳を背景にした温泉街には、センスの良いカフェやギャラリー、雑貨店が立ち並び、散策するだけでも心が満たされていきます。

朝霧の中に浮かぶ金鱗湖の姿は、まさに幻想的。

湖面から立ちのぼる霧と、静かに波紋を描く水面、その向こうに見える由布岳――この景色を前にすると、思わず言葉を失ってしまいます。

宿は、山あいにひっそりと佇む一軒宿を選びました。

部屋付きの露天風呂に身を沈め、夜空を見上げれば、満天の星。

聞こえてくるのは、遠くで鳴く虫の声と、風が木々を揺らす音だけ。

都市の喧騒をすっかり忘れ、ただ“生きている”ということを、静かに、深く実感できる時間がそこにはありました。

大分の旅で心に残ったのは、温泉だけではありません。

食の楽しみもまた、旅の大きな醍醐味でした。

特に別府で味わった「とり天」は、衣がサクサク、中はジューシーで、シンプルながら一度食べたら忘れられない味。

からし酢醤油でいただくと、その奥行きある味わいに、思わずおかわりしてしまいそうになりました。

そして、海に面した大分ならではの贅沢といえば、「関アジ」「関サバ」。

新鮮な刺身はコリコリとした食感がたまらず、脂の乗った旨みが口の中に広がります。

港町の小さな寿司屋で、大将が丁寧に握ってくれた一貫は、まるで海そのものを味わうかのようでした。

ほかにも、大分名物「だんご汁」や、優しい甘さが特徴の「やせうま」など、地元の人々に親しまれている郷土料理の数々が、心までほっこりと温めてくれました。

湯につかり、美味を味わい、静かな自然の中で自分自身と向き合う時間。

それが、大分の旅で得た何よりの収穫だったのかもしれません。

温泉は単に体を温めるだけでなく、心の奥にあるこわばりまでをも、ゆっくりと溶かしてくれる。

そんな力が、この土地には確かにあると感じました。

別府の湯けむり、由布院の霧、そして出会った人々のやさしいまなざし――それらが私の中で、ひとつの風景として静かに重なり、今もなお胸の奥で湯気のように立ちのぼり続けています。

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