関東を巡る心の旅路──季節と出会いの7都県周遊記②

【4】埼玉:静かな時間に出会える旅

関東の真ん中に位置しながら、どこか“縁の下の力持ち”的な存在感のある埼玉県。

東京や神奈川の華やかさに比べると、地味だと思われがちですが、実は足を運ぶたびに“気づき”と“癒し”をくれる場所。

慌ただしい日常の隙間に、そっと差し込まれる柔らかな光のような、そんな旅ができるのが埼玉です。

今回の旅のはじまりは、川越から。

江戸の面影を今に残す「小江戸」として知られるこの町は、石畳の蔵造りの町並みが美しく、どこか懐かしさを感じさせてくれます。

着物を着て歩く観光客の姿も多く、まるで時代劇のセットの中に紛れ込んだよう。

蔵造りの街並みの中で、ふと足を止めたのは、老舗の甘味処「亀屋」。

いただいたのは、小豆たっぷりのいちご大福。

口に入れた瞬間、もちもちの皮と甘酸っぱいいちご、上品なあんこのハーモニーが広がり、思わず笑みがこぼれました。

そして川越といえば“時の鐘”。

今もなお1日に4回、町に時を告げるその音色は、かつての人々の暮らしを今に伝える優しい音。

ちょうど夕方の鐘の音を聞いたとき、通りの先で地元の中学生がふざけ合っている様子が目に入り、観光地でありながら「人の暮らしが息づいている町」なんだと、改めて感じたのでした。

昼食には名物の“武蔵野うどん”を。

太くてコシが強く、噛みしめるほどに小麦の香りが感じられるこのうどんは、地元のソウルフード。

つけ汁は豚バラとネギがたっぷり入った温かいつゆで、ほっこりと体が温まります。

観光より“食”重視の方にも、ぜひおすすめしたい一品です。

午後は長瀞(ながとろ)方面へ移動。

秩父鉄道のレトロな車両に揺られて山あいへと向かう道中は、まるでゆったりとした時間旅行。

長瀞では、名物の「ラインくだり」に挑戦しました。

小舟に乗り、荒川の清流を下るそのひとときは、周囲の喧騒を忘れさせてくれる非日常。

岩畳と呼ばれる自然の造形美が広がる場所では、船頭さんのユーモラスなガイドに笑いつつ、自然がつくり出した風景の荘厳さに言葉を失います。

長瀞を歩いていると、小さな和菓子店で“栗まんじゅう”を見つけました。

手のひらほどもある大きさに驚きつつも、一口頬張ると、ほくほくの栗と白あんのやさしい甘さが口いっぱいに広がります。

旅先でこうした素朴な味に出会えると、不思議とほっとするものですね。

秩父では、もうひとつの楽しみ“酒”にも出会いました。

武甲酒造では、名水百選にも選ばれた湧き水を使った日本酒造りが続けられています。

試飲させていただいた純米酒「秩父錦」は、まろやかな口当たりと深い旨味があり、旅の疲れがふわりと溶けるような感覚でした。

酒蔵のご主人が語ってくれた「酒は人をつなげるもの」という言葉が、静かに胸に残っています。

帰路、夕焼けに染まる秩父の山々を眺めながら、心がじんわりと温まるのを感じました。

都会の喧騒からほんの少し離れただけで、こんなにも静かで、優しい時間が流れていること。

埼玉は、旅先としての派手さはないかもしれません。

でも、それ以上に“人と時間の温度”を感じさせてくれる、不思議な魅力があります。


【5】栃木:歴史と自然が調和する、関東の奥座敷

関東の北に位置する栃木県。

歴史と自然、そして癒しの温泉までがぎゅっと詰まった、まさに“関東の奥座敷”ともいえる場所です。

そこには、ただ観光するだけでは味わえない、“土地の物語”が流れています。

今回は、日光・那須・益子といった個性的なエリアを巡り、心に残った瞬間をひとつずつ辿っていきたいと思います。

最初に訪れたのは、世界遺産にも登録されている日光東照宮。

境内に足を踏み入れた瞬間、空気がすっと変わったような感覚に包まれました。

樹齢何百年の杉の並木に囲まれた参道を歩きながら、ふと見上げると、葉の隙間から柔らかな朝の光が差し込んでいます。

陽明門のきらびやかな装飾や、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿に込められた教えに触れ、ただ美しいだけでなく、平和を願った先人たちの想いを静かに感じました。

日光での印象的なエピソードは、参拝後に立ち寄った「三本松茶屋」でのこと。

名物の“湯葉そば”を注文すると、優しい味の出汁に、とろけるような日光湯葉がふんだんに浮かび、疲れた体をじんわりと温めてくれました。

窓の外では、ゆっくりと紅葉が散っていて、ただその景色を眺めながら、静かな時を過ごせたことが、とても贅沢に思えたのです。

続いて向かったのは、那須高原。

都心から数時間でたどり着けるにもかかわらず、広大な自然が広がる場所です。

ロープウェイで茶臼岳の中腹まで登ると、眼下にはパッチワークのような山々と、ぽっかり浮かぶ雲の影。

山の上は風が強くて少し肌寒いけれど、その澄みきった空気が、気持ちまでも洗い流してくれるようでした。

那須では動物とのふれあいも旅の魅力のひとつ。

「那須どうぶつ王国」では、カピバラたちがのんびりと温泉に浸かる姿に癒され、アルパカに頭をこずかれるというハプニングも。

そんな可愛らしい出会いも、旅ならではのご褒美です。

那須のグルメといえば、牧場スイーツも外せません。

那須高原にある「南ヶ丘牧場」では、搾りたてのミルクを使ったソフトクリームが絶品でした。

口に入れた瞬間、ミルク本来の甘さがふわりと広がり、冷たいというより“なめらかに溶ける”感覚。

牧場のベンチで、青空と風を感じながら食べるそのひとときは、どんな高級レストランのデザートよりも記憶に残りました。

旅の締めくくりには、益子の町へ。

陶芸の町として知られるこの場所は、観光客でにぎわう場所というより、ものづくりに向き合う人たちの“暮らし”が感じられる静かな空間でした。

陶芸体験では、不器用な手つきながらも自分だけの湯呑みを作り、焼きあがりを想像しながら、土のぬくもりを感じました。

益子の小道を歩いていると、ひっそりと佇むカフェを見つけました。

店内には地元の作家が手がけた器が並び、まるでギャラリーのよう。

いただいたコーヒーは、益子焼のマグカップで。

手に取るとほんのり温かく、土の重みと質感がなんとも言えず心地よいのです。

「器があるからこそ、飲み物の味が変わる」——そんな当たり前のようでいて忘れていた感覚を思い出しました。

栃木の旅は、決して派手ではありません。

けれど、そこにあるのは、人と自然、そして歴史と文化が寄り添いながら息づく世界。

心をほどき、丁寧に暮らすことの大切さを教えてくれる、そんな旅でした。


【6】群馬:湯けむりと山の恵みに包まれて

関東の北西部に位置する群馬県。

温泉地としての名声も高く、自然と共に生きる人々の暮らしが息づくこの土地には、訪れるたびに「ほっとする」感覚があります。

山の緑、川のせせらぎ、そして湯けむりの中に漂う静けさ——喧騒から少し離れて、心の深呼吸をしたくなったとき、群馬は最適な場所です。

今回の旅の始まりは、草津温泉から。

標高1200メートルの山あいに湧き出るこの名湯は、日本有数の酸性泉で、古くから「恋の病以外はなんでも治す」と言われてきたとか。

湯畑を中心に広がる町並みは、常に湯けむりに包まれ、まるで幻想の中に迷い込んだような気分になります。

夜の草津もまた格別。

湯畑のライトアップが湯けむりに反射し、ほんのりと橙色に輝く光景は、まるで夢の中の風景。

宿では名物の「湯もみショー」を見学。

木の板を使って湯の温度を調整する伝統技術には、実用性だけでなく“人と湯の対話”のような情緒を感じました。

草津の町中にある「松むら饅頭」は、旅の小さなご褒美。

ふかふかの皮の中に甘さ控えめのこしあんがぎっしり詰まっていて、湯上がりのほてった体にちょうど良い甘み。

お店のおばあちゃんが「また来な」と笑顔で手を振ってくれたのが、なんともあたたかかった。

その足で、次に向かったのは四万温泉。

静かな山間にたたずむこの温泉地は、「千と千尋の神隠し」の世界を彷彿とさせると話題になることも。

四万川沿いに並ぶ旅館の一つに宿を取り、川音に耳を澄ませながら入る露天風呂は、言葉にできない贅沢でした。

四万温泉では、四万川ダム近くの「奥四万湖」まで足を延ばしました。

透き通った青が美しい人造湖で、晴れた日の湖面はまるでガラスのよう。

湖畔を歩くと、風が頬を撫でていき、ここが「時間がゆっくり流れる場所」だと実感します。

お昼は“上州名物”の「おっきりこみ」を。

幅広の麺が野菜たっぷりの味噌ベースの汁に絡んだこの郷土料理は、見た目の素朴さに反して、どこか懐かしく、ほっとする味。

山の寒さに震えた身体が、内側からじんわり温まっていく感覚に、旅の幸福を噛みしめました。

さらに旅は続き、水上(みなかみ)温泉へ。

利根川の源流域に位置するこの地は、温泉だけでなくアウトドアの聖地としても人気があります。

今回は、ラフティング体験にも挑戦。

春先の雪解け水が勢いよく流れる川をゴムボートで下るスリルは、旅のアクセントにぴったり。

雄大な自然に身をゆだねることで、自分の中の緊張やこわばりが、すっと解けていくようでした。

旅の最後に立ち寄ったのは、道の駅「川場田園プラザ」。

新鮮な野菜や地元のチーズ、ソーセージが並ぶその場所で、人気の「雪ほたか米」のおにぎりを購入。

ひとくち頬張ると、ふっくらと炊きあがったお米の甘みが広がり、「米のうまさって、こういうことか」と思わず感動しました。

群馬の旅は、自然に抱かれ、湯に癒され、人に温められる時間でした。

観光名所を巡るだけでなく、そこで息づく人々の暮らしや歴史にそっと触れる——そんな“寄り道のある旅”こそが、群馬の楽しみ方なのかもしれません。


【7】茨城:海と大地と人情の国

関東の北東部、太平洋に面した茨城県。

都心から少し足を伸ばすだけで、雄大な海、深い山々、穏やかな里山風景が広がるこの土地には、「素顔の日本」が静かに息づいています。

知れば知るほどに、また訪れたくなる。そんな魅力が茨城には詰まっていました。

まず訪れたのは、大洗の海岸。

波の音が絶え間なく響く浜辺を歩いていると、目の前に広がるのは一面の青。

なかでも「大洗磯前神社」の鳥居が海の中に立つ姿は、言葉を失うほどの美しさでした。

朝焼けの時間に合わせて訪れると、水平線から昇る陽が鳥居を透かして輝き、まるでこの世とあの世を繋ぐような神聖な雰囲気に包まれます。

近くの市場「那珂湊おさかな市場」では、地元の人々の活気ある声と、海の香りが交差する独特の熱気に包まれます。

新鮮なアンコウやしらす、牡蠣、はまぐりなどがずらりと並び、目移りしてしまうほど。

その場で食べられる海鮮丼を注文し、ほかほかのごはんの上にたっぷり盛られたマグロやイクラ、ウニを頬張ると、口の中に広がるのは、まさに“海の恵み”そのもの。

漁師町の誇りと優しさが、味にもにじみ出ているようでした。

海の余韻を胸に、次は日本三名園のひとつ、水戸の「偕楽園」へ。

訪れたのは初春、梅の花が咲き誇る頃。

約100品種・3000本とも言われる梅の木が、白や紅の花を一斉に咲かせる姿は、まるで春の精霊たちが舞い降りたかのよう。

梅の香に包まれて歩く園内では、時折、地元のおじいさんおばあさんとすれ違い、「ようこそ水戸へ」と優しく声をかけてもらったことが、何より心に残りました。

水戸といえば、外せないのが「納豆」。

納豆専門店「くめ納豆本舗」では、できたての納豆をさまざまな味で楽しめます。特に、藁に包まれた昔ながらの「わら納豆」は、豆の香りと粘りが強く、普段食べている納豆とは別格。

苦手な人でも、ここの納豆は「食べやすい」と感じるかもしれません。

朝食にいただいた納豆定食は、味噌汁とご飯との相性も抜群で、旅先でも日本人であることをしみじみ感じた瞬間でした。

さらに北上し、山間の地「袋田の滝」へ。四段に流れ落ちることから“四度(よど)の滝”とも呼ばれるこの名瀑は、季節によって全く異なる表情を見せます。訪れたのは紅葉が見頃を迎えた頃で、黄金色の木々の合間から滝が豪快に流れ落ちる姿は、まさに自然が描いた芸術作品。

観瀑台から見下ろすその姿は、息を呑む迫力でした。

滝の近くにある小さな茶屋では、名物の「こんにゃく田楽」を。

炭火で炙られたこんにゃくに甘辛い味噌がとろりとかかり、素朴ながらも滋味深い味わい。

「自然の中で食べるから、なおさら美味しいのよ」と隣に座った地元のおばあちゃんが教えてくれました。

そして帰路につく前に立ち寄ったのが、筑波山。

山そのものが信仰の対象となっているこの地では、山頂へと続くケーブルカーやロープウェイも整備されています。

双峰に分かれた山頂からは関東平野が一望でき、空気の澄んだ日には遠く富士山まで見えることも。

登山の途中で出会った登山者たちとの何気ない会話や、「おつかれさま」と差し出された飴玉が、旅の終わりにほっとしたあたたかさを添えてくれました。

茨城の旅は、豪華さや派手さとは少し違うけれど、「静けさの中にある強さ」と「人のぬくもり」にあふれたものでした。見渡せば、そこかしこにある“ふるさとのような風景”。

それはきっと、心が旅を求めたとき、またこの地を訪ねたくなる理由なのだと思います。


おわりに:ふだんの隣にある、旅心

今回、関東一都六県をめぐる旅を通じて、ふと気づいたことがあります。

それは、「旅とは、決して遠くへ行くことだけが目的ではない」ということ。

いつもの景色のすぐそばに、少し違う風景があって、ほんの少し視点を変えるだけで、まるで知らない土地に来たような新鮮な気持ちになれる。

それは、まさに“ふだんの隣にある非日常”でした。

東京から電車や車でほんの数時間。

そこには海があり、山があり、四季の彩りがあり、そして、そこで暮らす人々の物語がありました。

春の花の香り、夏の風に揺れる木々の音、秋の落ち葉を踏む感触、冬の朝の澄んだ空気。

何気ない自然のひとコマひとコマが、心の奥にそっと染みこんでくるような旅でした。

そして何より印象に残ったのは、「人とのふれあい」です。

観光地の賑わいの中にあっても、どこか素朴で、あたたかな言葉をかけてくれる人々。

「気をつけて帰ってね」と手を振ってくれたおばあちゃん。

「これ食べてみて」と地元の味をすすめてくれたお店のご主人。

そんなひとつひとつのやりとりが、旅の記憶をやさしく彩ってくれました。

時には、早起きをして始発電車に乗ってみる。

地元の駅に降り立ち、まだ静かな商店街を歩く。

地元の食堂で朝ごはんを食べながら、ゆっくりと流れる時間を感じる。

それだけで、心がすっと軽くなり、「またがんばろう」と思える自分に出会える。

旅には、そんな小さな魔法があるのかもしれません。

関東の旅は、“ととのえる旅”でもありました。

景色に癒され、味に感動し、人に触れて、自分を見つめ直す時間。

それはまるで、喧騒の中に一筋の静けさを見つけるような、心の深呼吸のような時間でした。

次の週末、あなたもふらりと出かけてみませんか? いつもの街の、少し先。

知らなかった「ふだんの隣」に、きっと新しい旅が待っています。心の奥の旅心が、そっと背中を押してくれるはずです。

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